猪熊 弦一郎 Genichiro Inokuma 
  
1902(明35)  12月15日:香川県高松市中新町にうまれる 本名玄一郎
1912(大10)  3月:香川県立丸亀中学校(現丸亀高等学校)を卒業
           上京して本郷洋画研究所に学ぶ 
1922(大11)  4月:東京美術学校西洋画科に入学 同期生に牛島憲之・岡田謙三・荻須高徳・小磯良平・中西利雄・山口長男等 
           まもなく病気のため休学して故郷へ帰る 
1923(大12)  9月:従兄の彫刻家中村武平宅に1年間滞在し、彫刻・鋳造などを学ぶ
1924(大13)  美校の1年下のクラスに再入学(2年生として)
1925(大14)  美校の3年生となり藤島教室において藤島武二に師事 
1926(大15)  5月:片岡文子と結婚 洗足にアトリエを構える 
           10月:帝国美術院第7回美術展覧会(帝展)で≪婦人像≫初入選 
           この年再び健康を害したため東京美術学校西洋画科を中退 
1927(昭 2)  大分市のきむら画廊で最初の個展を開く 
           3月:岡田謙三・荻須高徳・小磯良平・中西利雄・山口長男等と「上社会」を結成 
1929(昭 4)  2月:光風会第16回展で光風賞を受賞 
           10月:帝国美術院第10回美術展覧会で≪座像≫特選
1930(昭 5)  2月:光風会会友となる この頃より「弦一郎」と号する 
1931(昭 6)  2月:光風会会員となる
           7月:田園調布にアトリエを移る 
1933(昭 8)  10月:帝国美術院第14回美術展覧会で≪画室≫特選 以降帝展無鑑査となる 
1936(昭11)  7月:光風会脱会 内田巌・小磯良平・中西利雄等と新制作派協会を結成
           11月:第1回新制作派協会展を開く 
1938(昭13)  5月:靖国丸で渡欧 主としてフランスに滞在し、イタリア・スイスなどに旅行する 
           滞欧中にサロン・デ・アンデパンダンに2回出品 
           ニースにアンリ・マティスを訪ね指導・助言を受ける 
1939(昭14)  藤田嗣治と共にアトリエを構える 
           戦争避難のため藤田嗣治夫妻と共にドルドーニュ州レゼジーに疎開する 
           サロン・デ・アンデパンダン展に招待出品 
1940(昭15)  パリ空襲の最中≪マドモアゼルM≫を描く この作品がフランス滞在最後の作品となる
           6月:欧州大戦の難を避けて白山丸で藤田嗣治・荻須高徳らと共にマルセイユを出港 スエズ封鎖のためアフリカを
           廻航 3カ月を経て8月横浜に着く 
1942(昭17)  3月:陸軍省派遣画家の一人に選ばれる フィリピン戦線に寺内萬治郎と共に取材のため派遣される 
1943(昭18)  6月:新戦場従軍画家26名の中に選ばれ、小磯良平とビルマに派遣される 
1947(昭22)  6月:田園調布美術研究所を開設する(昭和30年3月閉鎖) 
1949(昭24)  昭和24年から25年にかけて名古屋丸栄ホテルにおいて大ホールの壁画≪愛の誕生≫を制作 
1951(昭26)  毎日美術賞受賞 
1955(昭30)  5月:ニューヨークのブルックリン美術館における第18回国際水彩画ビエンナーレに出品 
           10月:勉強のためパリに向かう途中に立ち寄ったニューヨークの街に惹かれ、以来20年間同市にアトリエを構え
           創作活動を続ける 
           ピッツバーグ美術展に出品 
1956(昭31)  4月:ニューヨークのウィラード画廊にて新作の個展 以来ウィラード画廊の所属作家となる 
           5月:ボストンのコルドヴァ美術館において個展 
1957(昭32)  ニューヨークにおいて、日米協会運営委員を帰国するまで続け、またニューヨークの日本総領事館の顧問(文化交流),
           日本貿易振興会(JETRO)の顧問(文化交流係)を委嘱される
1958(昭33)  香川県庁舎(丹下健三設計)に四面の陶画、ニューヨーク髙島屋に壁画、日本航空ニューヨーク支店に室内装飾(金属
           による噴水)を制作
1960(昭35)  日米親交100年祭のカタログをデザインする 
1964(昭39)  ニューヨークにおいて朝日生命ビルにモザイク壁画≪愉快な散歩≫を制作 
           9月:グッゲンハイム美術館に作品≪UN TITLED≫が収蔵される 
1965(昭40)  5月:10年ぶりに帰国する 
1966(昭41)  3月:ニューヨークに帰る
           この年に開場した新帝国劇場(谷口吉郎設計)のロビーにステンド・グラス≪律動≫を制作
           ニューヨーク近代美術館に作品≪SUB WAY≫が収蔵される 
1967(昭42)  ニューヨーク、チェスマンハッタン銀行に作品≪歌舞伎 No.2≫、≪CITY PLANNING-E≫、≪CITY COMPOSITION≫が収蔵される 
1969(昭44)  帰国する
1970(昭45)  文化庁優秀作品買上げとして作品≪驚くべき風景B≫が買上げられる 
           12月:大阪万国博美術館に招待出品する 
1972(昭47)  グッゲンハイム美術館に作品≪LANDSCAPE AZ≫が収蔵される 
1975(昭50)  健康を害したため、ニューヨークのアトリエを閉めハワイで静養する 
1980(昭55)  11月:勲三等瑞宝章を受ける 
1991(平 3)  丸亀市名誉市民 
           丸亀市猪熊弦一郎現代美術館開館 
1993(平 5)  逝去